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写真上達の本質を考えてみる

写真講師を続けてきたカメラマンの思考を記事にしていきます

上達する人は必ず◯◯的思考で物事を考える


写真に限らずではありますが、何かで上達していく人は論理的な思考で物事を考えています。無意識でも意識的でも、必ず頭の中では論理的な思考の過程が存在します。

 

一方、何かで上達しない人は論理的思考能力が低い為、感情論で物事を判断したり、行動の意味を考えずにただ作業をこなします。とくに、行動の意味を考えない人は多いのではないでしょうか。よくあるのは、テクニック的に捉えてその行動の本質を見落とすことでしょう。なぜその行動が必要なのか?そういう風に考えて行動しなければ、仕事も上手くいきません。

 

論理的思考能力は、自然と上達していく大前提の能力

先日、パティシエ歴40年のオーナーシェフと話をしていた時に、社員の成長スピードについて話されていました。オーナー自身は、手をどう動かせばどう仕上がるのか?どの食材とどの食材を掛け合わせればどんな味になるのか?どういう作業をすればケーキがどうなるのか?そういう細かなことを考えながらずっとパティシエとしてされてきたそうです。

 

そのことを社員さんに伝えているそうなんですが、社員さんはその意識を持ちながらの取り組みがなかなかできていないということでした。本人はやっているつもりなのかもしれませんが、それがオーナーのレベルに達していない。ということらしいです。

 

経験すれば自然と上達していく人は、無意識にでもこのような論理的思考で取り組んでいるので、経験すれば経験する程情報が増え感覚が研ぎ澄まされていきます。しかし、無意識に論理的な思考ができない人は、ただ作業をこなすだけ。作業を行う能力は高まっても、それ以上の経験・能力は得られないので、意識的に取り組んで無意識レベルで思考できるようにトレーニングをしていく必要があります。

 

余談ですが、とくに独立している人は雇われている人よりもこの意識が強いです。僕も経験がありますが、雇われの身だとどうしても言われた仕事をこなすという意識に傾いてしまいます。僕自身雇われていた時にも自分なりに考えて仕事に取り組んでいたつもりでしたが、覚えることがいろいろあることを考慮しても、独立してからの方がより意識できるようになりました。

 

自分自身の言動、結果がそのまま収入に反映される事業主というプレッシャーがプラスに働いた例かもしれませんね。

 

論理的思考能力は鍛えなければ乏しいまま

日頃から論理的な思考癖をつけておかなければ、いざ行えと言われても簡単にはできません。その結果、論理的思考能力は乏しいまま過ぎ去っていきます。なので、癖づいていない人はすぐに論理的思考能力のトレーニングに取り組むべきです。

 

論理的思考能力が高まると、写真の場合どんな風に撮ればどんな風に写るかがイメージするだけで8割ぐらい分かるようになります。パティシエなら、どんな食材をどんな風に仕上げたらどんな味・食感になるかが8割ぐらい分かるようになるということです。

 

まずはこの状態にならないと、イメージ通りのものを仕上げることができません。この状態でないなら、撮れる写真のマグレ率は高くなっていきます。

 

仕事以外の日常で取り入れる必要性

論理的な思考は日常レベルでも意識しトレーニングするべきです。なぜなら、日常の中でも様々なことを判断していなければいけないからです。何か身近な問題が起こった時に感情論で片付けるのか、それとも感情を意識しつつもそれは置いておき、合理的に情報を集めて問題を解決していくのか。 

 

感情論で片付けるのは楽です。論理的に考えるのは思考的体力が必要になりますし、時には疲れます。しかし、難しいことは嫌、楽をしたいという気持ちだけで論理的な思考を放棄して感情論で物事を片付けるのは、問題を先送りにするだけです。

 

想像してみてください。人生の中では、仕事やプライベート関係なく様々な問題が発生します。その多くが解決できずに先送りになるのと、多くを解決でき更に未然に防ぐことができたとしたら、あなたはどちらを選択しますか?答えは明白ではないでしょうか。楽する者には相応の結果しか待っていないものです。 

 

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