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写真上達の本質を考えてみる

写真講師を続けてきたカメラマンの思考を記事にしていきます

【努力は才能】の落とし穴


 

努力は才能。

 

そんな言葉を時々目にします。しかし、この言葉は時に自分の成長を妨げる可能性があります。少々厳しい言葉になるかもしれませんが、努力は才能と思ってしまう人は、才能のない自分に少しでも才能を見出したいのか、自分の努力を肯定したいのか、都合の良い言葉にすがっているように思えます。

 

努力という言葉を自分で使う人は上達しない

さて、ここで努力という言葉の定義を確認しておきましょう。Wikipediaで調べると、

 

努力とは、目標達成の為に心や体を使ってつとめること

 

とあります。これは、言い換えると時間をかけることという意味になりますね。継続することとも言えます。

 

では、努力は才能という言葉を置き換えてみると、時間をかけられることは才能。継続できることは才能ということになりますが、ここにはある落とし穴があることにお気づきでしょうか。

 

努力=時間をかけられる=継続できる。

 

ここには、質という概念がありません。そして、人それぞれ質の捉え方はバラバラで、その人にとっては努力していても、質が伴っていないケースが多々あります。つまり、本人が自己満足したいが為に、大して質がよくない努力を継続していることを「努力は才能」という言葉で片付けてしまうケースがあるということです。

 

そして、何かで上達しない人、結果が出せない人ほど、努力は才能という言葉に溺れます。自分自身を、自分の行動を肯定したいのです。

 

上達する人にとっての努力とは一体どういうものなのか?

努力することは時間をかけることです。なので、結果を出す人、上達する人にとっての努力とはあることを達成する為の一つのキーワードでしかありません。では、そのあることとは何なのか?

 

それは、結果です。

 

結果は、努力 × 質 です。

 

結果を出す人、上達する人は、必ず時間をかけるだけでなく質も考えています。それは、結果を出す為です。仕事でも、写真でも、他のことでも同じです。結果を出す為には、ただ時間をかければいいものではないことを知っているからこそ、安易に努力という言葉などは口にしないのです。

 

言い方を変えると、良い意味で結果主義ですね。結果を求めないと、質を高める為の思考も工夫もできません。結果を求めるからこそ、結果を出せるのではないでしょうか。

 

努力は才能の本当の意味?

最後に、努力は才能という言葉の本当の意味(かもしれないこと)をお伝えします。実は、質を重視した努力を行えることは一つの才能という可能性があります。質を重視した努力とは、一般的に苦痛を伴う努力です。楽して時間をかけることではなく、悩み苦しんで自分の限界を超える為の努力です(実際に質を重視した努力を行う人は苦痛に感じていないことが多いですが)。

 

そして、その質を重視した努力を行える人と行えない人では、脳内の反応が違うそうです。つまり、質を重視した努力ができること自体が才能の可能性があるのです。

 

質を重視した努力ができない人は、頑張ったらもしかしたら良い結果が待っているという天使の声よりも、こんなこと意味がないでしょ、もっと楽しようよという悪魔の囁きに負けてしまうそうです。

 

可能性、という表現をしたのは、音楽家の研究では努力できることも遺伝によるものという結果になったものの、音楽以外の研究データがない為、それが音楽以外にも当てはまるか断言できないからです。とは言え、おそらく遺伝による影響はあるんだろうなと思います。

 

脳の反応が違うのは、遺伝的な要素なのか。それとも、訓練を積むことで同じような反応を得られるのか。個人的には、訓練を積むことで同じような反応を得られるという研究結果が出ることを祈っています...

 

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